2013/12/18

Carte de Noël


 ユーモアたっぷりのSavignacさんのクリスマスカードです。

eメールは便利だけど、特にこの時期カードを送る方がずっと気がきいていて

楽しいと思います。

カードに添えられた短い言葉や、どんなカードを選ぶかでその人のセンスや

好みも知れます。

なにより時間がかかるのがいいと思えるのです。

カードを探し、お手紙を書き、切手を貼って、届くまでに少し時間もかかる。

その間その人のことをちょっと考えている。

元気かなーどうしているかなーと。

その時間は心を温めてくれます。

2013/12/08

La pietra che sogna

© setsuko kato 2019  photo by kaoru izima
made by Gemstone, Glass & wire

夢を見る石

 石から咲く、硬質だけど柔らかな花

 遠い昔の記憶が眠りから覚める12月



2013/11/26

In autunno

© setsuko kato 2014

秋はあたたかな色。
目的もなく歩く贅沢に、空からカラフルな色が舞い降りてきます。
桜の葉は桜餅の匂いがします。


黄色い炎のような銀杏の前
右側から見ると、目がクリッとしてとても親しみやすくお友達になりたい感じ。


左から見たら、西郷さん男泣きです。。。

お優しいのね、きっと。

2013/11/14

The gift from nature

© setsuko kato 2019

山帰来(サンキライ)の実でリースを作りました。

ちょっと早いけど、あぁもうクリスマスの準備をする時期なんだなと、

くるくる巻いただけで出来上がりです。

松ぼっくりとか色々つけてもかわいいのですが、はじめはシンプルに

そのままの自然の味わいを楽しみます。

おそらく山で誰も見ていなくてもひっそりとその実を赤く染め 、

ただ静かに美しく蔓を這わせていたであろう山帰来。

自然の美しさに敬意を表してあえて手を加えずに。

2013/10/23

Oltre il filo dell'orizzonte


イタリア文化会館で、アントニオ・タブッキ展を観ました。
20代の頃好きで何度も読み返した本「インド夜想曲」の作家です。
映画「Nocturne indien」も久しぶりに観ることができました。
インドの街の混沌と対照的に、多くの人々が街路や病院で眠る静かな映像に
シューベルトのノクターンが流れます。
眠りは安らかで死にも近く、深く染込む場面です。
言葉や説明が少なく、ジャン ユーグ アングラードの憂いに満ちた表情と共に
私も旅をしていました。


 アントニオ タブッキ
Antonio Tabucchi (Tullio Pericoli 画  カタログより)


タブッキのイメージの源泉であった、詩人フェルナンド ペソア
Fernando Pessoa (Tullio Pericoli 画  カタログより)

人々の、やりたかったけれど、やらなかったこと
やってしまったがゆえに、だめにしてしまったこと
心の中に仕舞いこんで、誰にもいわなかったこと
それらすべてのために
わたしが夜、海辺を歩くときの
あの切ない気持ちがつくられたのだ
<Fernando Pessoa>


私の魂は 自分を探し さまよいつづける
願わくは 私の魂が 自分に出逢いませんように 
何ものかであることは牢獄だ 自分であることは 存在しないことだ  
逃げながら 私は生きるだろう──より生き生きと ほんとうに

<Fernando Pessoa>

 


2013/10/20

Halloween Cats

© setsuko kato 2019

 Happy Halloween!







ウチネコ ソトネコ トモネコ
ねこネコ猫 Cat Gatto Chat
みんな仲良くね!

2013/10/16

Underline


詩人の谷川俊太郎さんが実際に読まれ線を引いた本、『谷川線書』が

私のところにやってきました。

帯の中は「禅マインド ビギナーズ・マインド」鈴木俊隆著 松永太郎訳です。

谷川さんが赤鉛筆でアンダーラインを引かれた言葉は 

一瞬一瞬、すべては、無から現れてきます。
生きるということの真の喜びは、そこにあります。 

Moment after moment, everyone comes out from nothingness.
This is the true joy of life.


この本のはじめに

Zen Mind, Beginner's Mind It is wisdom which is seeking for wisdom. 

禅心、初心  それは智慧を求める智慧である

と書かれています。考え深い言葉です。

読み終えた時に私の見えないアンダーラインはどこに引かれているでしょう。

楽しみです。

2013/08/21

OBON

 
お盆の入りに友人の家を訪ねると、丁度その家の90代のお母様が提灯を持って

玄関門に向かわれるところでした。

門のところで蝋燭に火を灯し提灯の中に入れ、部屋のお仏壇まで運びます。

綺麗に掃き清められた畳の部屋のお仏壇の蝋燭に火を移し、お線香を上げて

手を合わされます。

一年に一度 亡くなられた方が家に帰って来ると言う、お盆の迎え火です。

美しき日本の風習を教えて下さったのは、美しき日本のご婦人です。

目や耳に少しのご不十があっても、今もお台所やお庭仕事をされる笑顔のステキ

な方です。

自分もこんな風に年を重ねて人に美しいものを伝えられたら、幸せな一生だと

思えます。

日本の美しいものを忘れずにいたいと思いました。ありがとうございます。

翌日(一日遅れ。。)うちも提灯を出しお香とお供えをして少しほっとしました。

2013/07/31

Piove


このところの大雨、皆さんのところは大丈夫でしょうか?

空に穴が開いてしまったかのような、激しいどしゃ降りが時々やってきます。



気温も高く、体調を崩されませんように。。


 

こんな時には、私はエスニックでパンチの効いたものが食べたくなります。
海老やら蟹やら辛いやら。ここのラクサヌードルはとても美味しい。
暑いのも、辛いのも、ちょっと戦っているような感じで似ているからでしょうか。



暑中お見舞い申し上げます。

どうぞお元気でお過ごし下さい。


2013/07/22

Isola d'Elba

© setsuko kato Isola d'Elba

海がすきで、つい考えてしまいます。

「海に行きたい。海に行きたい。」と。

そうしたらエルバ島に旅した写真が出てきました。

© setsuko kato

イルカのいるビーチ。

2週間毎朝ここを通って ホテルの庭でイタリア語を習い、帰りにビーチの

レストランでピザとか食べ、砂浜で本読んだり泳いだりして過ごしました。
           
© setsuko kato

小舟に乗って洞窟に行き、ひんやりとした深いブルーグリーンの中を泳いだり。

© setsuko kato

マカロンみたいにきれいな色の小さな建物ばかりで、とてもかわいい島なのです。


海沿いの魚料理の美味しいレストランは、夜はキャンドルに照らされ

波の音だけでロマンティック。

イタリア エルバ島はバカンスを過ごすのにぴったりです。

2013/07/01

Pour la dernière et pour la première fois


Sophie Calle の展覧会に行きました。

最初にソフィーカルを見た時の衝撃は今でも忘れることができません。
『盲目の人々』という展覧会で、生まれつき目の見えない人たちに
「これまでに見た一番美しいものは何か」と問いかけるものでした。
多くの答えはたいへん視覚的なもので
見ることはイマジネーション、心が見るということ、美とはなんだろうと
考えさせられます。
今回もその中から一点展示されていました。

盲目の人の顔写真と言葉
 『The most beautiful things I ever saw is the sea, the sea going out so for you.
  私が見たもっとも美しいもの、それは海です。視野の果てまで広がる海です。』

 そして海の写真の展示です。


『最後の時/最初の時』は、2つの作品で構成されています。
失明した人々に最後に見た記憶は何かと尋ねる 写真とテクストの『最後に見たもの』と、海を見たことがない失明してしまったか視覚障害を持つ人々が初めて海を見る(海と出会う)ところを映像におさめた『海を見る』です。

見えない目で初めて海を見たその人達は、ゆっくりとこちらを振向きます。
その目に映るもの その表情。


見ることとは何なんだろう。
わたしが見たものは ほんとうにそこに存在していたのだろうか。
わたしとあなたは同じものを見ることはできないのだろうか。

原美術館のお庭のカフェで洋梨のムースをいただきました。
淡いブルーグリーンがのったムースは水面のよう、さざ波型に切った洋梨と
白波の泡のような透明のゼリーが添えられています。
『海を見る』のイメージ。

展覧会場には波の音がずっと流れていました。

今でも私の耳と内側深くにその音とソフィーカルの印象が寄せては返してきます。

海を見たことがないという、14人の失明してしまった、あるいは視覚障害を持つイスタンブールの人々
海を見たことがないという、14人の失明してしまった、あるいは視覚障害を持つイスタンブールの人々
海を見たことがないという、14人の失明してしまった、あるいは視覚障害を持つイスタンブールの人々
海を見たことがないという、14人の失明してしまった、あるいは視覚障害を持つイスタンブールの人々
海を見たことがないという、14人の失明してしまった、あるいは視覚障害を持つイスタンブールの人々

2013/06/30

Giugno

© setsuko kato 2019

6月はお天気と体調がクルクルと変わり、忙しいような留まっているような時間の

中にいました。

季節がはっきりと変わり庭の草花たちもびっくりするくらいビュンビュン背を伸ば

しています。

動物や虫たちに怖がられないせいか アゲハチョウが3匹私の周りをクルクル

クルリ飛び回るので手を伸ばして蝶たちと遊んでいると 歩いてきた人に笑われて

しまいました。

夏がやって来たのですね。


雨上がりのワイルドストロベリーにトンボが羽を休めて。

今年初めて植えたものなので どんな実がなるのか楽しみ。

2013/06/19

Rame battuto

© setsuko kato 2019
made by Copper
 シャクシャクシャクシャク 糸鋸で銅板を切り抜き

トントンカンカン 鎚で打っていると

平らだった面が立ち上がり まあるい球面になってゆきます。

これだけでも美しく 楽しくなってしまい

おもわず口をついて出るのは『シバシモヤスマズツチウツヒビキー 』

馬鹿みたいだと思いながらも歌ってしまいます。

この歌の2番に『鉄より堅しと誇れる腕に 勝りて堅きは彼が心』とあります。

私の腕は軟弱ですが 心はトンカン鍛えてまあるく堅く真直ぐでいたいと思います。

2013/05/30

Play with the moon

photographer Laurent Laveder       http://blogs.discovermagazine.com/badastronomy/2011/12/09/one-guy-fooling-around-with-the-moon/#.Uab9EuvyyGM 










Laurent Laveder さんの写真です。


月は空に浮かぶ詩

   星がリズムを踊り 

メロディー が生まれそう

こころに ポッとあかりが灯り 歌いだす


2013/05/08

When the jasmine blooms


 庭のジャスミンが満開で、甘く高貴な香りに満ちています。


ミモザの黄色から始まった庭はピンクのカイドウを過ぎ、

ジャスミンの咲く頃はコデマリも沢山花をつけて白の庭に移ってゆきます。





バラやクレマチス、

小さな花たちが色を添え

て。

 


あたたかく香しい庭で雑草抜きの後 

もう少し庭でゆっくりしたくなり、

ご褒美の冷たいビールを。

こんなに咲いてくれてありがとう。

いつも庭をよい香りとしあわせで

満たしてくれてありがとう。


部屋にも「おかあさんのバラ」とジャスミンを生けて。

ジャスミンの咲く頃、もうすぐ母の日なのですね。

2013/05/07

A - hum


A
hum

阿吽は、悉曇と呼ばれる梵字の最初と最後の文字で、

「阿」は口を開いた時最初に出る音、「吽」は口を閉じた時最後に出る音で、

この二つで宇宙の始まりと終わりを表すといわれます。

うん

万物の根源や求道心と、一切が帰着する智慧や涅槃を象徴しています。

こんなに短くシンプルな「あ」「うん」の音に秘められた壮大な意味と不思議さ。


ウン

言葉にならないけれど確かにあるものに、音をあてたのでしょうか。

呼気と吸気の意味もあるので、私たちは一息ごとに宇宙の始まりと終わりの中に

あるのかもしれません。



あうんの呼吸で。あうんの宇宙。

2013/04/03

Il mio giardino primaverile


今年の庭はとても元気! 

カイドウの花数が多く、ピンクが重そうなほどです。

カイドウはバラ科なので

秋にバラの好きな肥料を

入れたら

植物はとても正直

こんなに沢山の花を

咲かせてくれました。
















  ミツバチと良い香りとGood luckを運んでくれる庭の花たち、ありがとう。